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レンゲ栽培田とレンゲ栽培米
レンゲ栽培米とは、収穫後の田にレンゲ草の種を播き、春、花が咲いてから鋤き込むことで田を肥し、有機肥料として利用することで施肥料を軽減した米です。開花期の4月には、レンゲの花の景観も楽しめます。
レンゲ栽培米は、JA北河内が「れんげっ娘」の愛称で販売されました。
平成19年度から、大阪エコ農産物の認証を得た「エコレンゲ米」の試験栽培も実施され、平成22年度からは、JA北河内が「しあわせのれんげっ娘」として商標登録し販売しています。 -
伝アテルイ・モレの塚
日本紀略によると、西暦802年7月、蝦夷(東北地方の陸奥)を支配下におさめるために朝廷から派兵されていた坂上田村麻呂は、降伏した蝦夷の首長「阿弖流為(アテルイ)」と「母礼(モレ)」の二人を連れて帰還し入京しました。首長二人の処置は公卿間で論議が戦わされた結果、田村麻呂の助命の訴えは聞き入れられず、河内で斬られたとされています。場所については特定されていませんが、宇山村とする説があります。
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王仁(わに)公園
日本に初めて論語を紹介した人と言われる、百済の人王仁博士の墳墓と伝えられる「伝王仁墓」にちなんでつけられた公園です。
公園は枚方市立公園の中では一番広い公園であり、プール(50mプール、流水プール、造波プール、幼児プール)のほか、テニスコートやグランドの設備が備えられています。 -
コスモスの里「伝統的な農村集落」穂谷
穂谷地区は、枚方市の東部に位置した農業振興地域です。大都市近郊にもかかわらず、環境省の「モニタリングサイト1000」に選ばれるなど豊かな自然に恵まれた地域となっています。毎年、約2haの農地に景観形成作物(コスモス、ひまわり)が花を咲かせており、9月下旬から11月上旬にかけて、「コスモスの里穂谷」として圃場を無料で一般開放しています。期間中は、コスモスの花摘みが楽しめます(花摘みは有料)。
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継体天皇樟葉宮跡伝承地
日本書紀によると、越前の三国から迎えられた、後の継体天皇は西暦507年に樟葉で即位し、5年にわたり宮を営んだとされています。樟葉宮は交野天神社の末社、貴船神社の鎮座する丘辺りと伝えられています。重要文化財である交野天神社本殿からさらに奥へ進むと、自然林に囲まれ、厳かな空気に包まれます。
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枚方八景 香里団地の並木(けやき通り)
緑の丘陵と田畑が、昭和14年に陸軍の香里製造所となり、戦後ニュータウンが計画され、昭和30年代に現在の香里団地に姿を変えました。大通りのケヤキ並木、イチョウ通りの並木といった街路樹は、昔からここに生えていたかのように枝葉を空に張っています。
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淀川舟運イベント
江戸時代、枚方は京街道(東海道)の宿場町として栄え、また、淀川を往来する三十石船の中継港として大いににぎわっていました。
淀川舟運の再生が求められるようになると、天満橋八軒家浜(はちけんやはま)船着場と枚方船着場間で観光船の運航が始まり、平成29年9月より定期運航も開始されました。屋形船やクルーズ船に乗船し、毛馬閘門の通過体験や、「三十石船唄」を聞くことができる船旅で、淀川舟運ゆかりの枚方宿地区の散策もできます。 -
ひらかた菊フェスティバル
市の花「菊」にちなみ、「ひらかた菊花展」・「枚方宿街道菊花祭」・「市民菊人形展」を総称して「ひらかた菊フェスティバル」を開催しています。
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大阪府史跡「伝王仁墓(でんわにはか)」
8世紀に編纂された古事記・日本書紀によると、王仁博士は応神天皇のころ、論語十巻・千字文一巻を携え、朝鮮半島百済から渡来し、皇子に学問を教えたと記されています。日本に漢字を伝えた王仁博士の墓と伝えられる「伝王仁墓」は、韓国からも多くの訪問者が訪れ、日本と韓国の友好のシンボルとなっています。
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市立枚方宿鍵屋資料館
鍵屋は、伏見と大坂を結ぶ三十石船の船待ちの宿として江戸時代に賑わい、平成9年まで料亭を営んでいました。同年、市の有形文化財に指定した鍵屋主屋は、極めて少なくなった江戸時代の様式を残す歴史的建造物で、寄贈を受けた市が解体復原し、平成13年に「市立枚方宿鍵屋資料館」として開館しました。宿場に残された古文書や民具、発掘調査の出土品などの展示やくらわんか舟、三十石船などの模型や映像を見ることができ、枚方宿や淀川舟運の歴史を学んでいただけます。なお、鍵屋の敷地は平成10年に市の指定史跡に指定し、昭和初期に建てられた近代和風建築の別棟は、令和5年に国の登録有形文化財に登録されました。