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香里ヌヴェール学院(旧:聖母女学院)校舎
香里ヌヴェール学院(旧:聖母女学院)は1923年大阪市(現在の中央区玉造)にて創立・開校されたカトリック系の小学校・中学校・高等学校。1932年に現校舎のある寝屋川市の香里園(美井町)の地に移転しました。この校舎はその当時建設され、現在では国の登録有形文化財(建築物)に指定されています。設計は旧帝国ホテルの設計などで有名なフランク・ロイド・ライトに師事した建築家アントニン・レーモンド(チェコ出身 1888~1976)。レーモンドはライトが旧帝国ホテル建設で来日したときの主任製図工でもありました。南仏をイメージした優美なアーチとスクウェアな建物のコントラストが美しく、また、日本最古のコンクリート打ち放しの体育室やシンプルなステンドグラスがある聖堂は西日が差し込むときが特にすばらしいです。
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幹線水路の桜(かんせんすいろのさくら)
寝屋川市の北を淀川に沿って流れる幹線水路は、淀川からかんがい用の水を引くために作られ、淀川左岸の枚方から守口まで続いています。この水路の両側に桜が植えられるようになったのは1960(昭和35)年から1970(昭和45)年ごろで、当時地域の人々が美しい景色を楽しめるように植えたそうです。地元の人々が中心となって守り続けた水路の桜は、寝屋川市の木屋元町~太間町~点野~仁和寺本町の約4キロメートルにもわたる桜並木となり、平成元(1989)年には「大阪みどりの百選(主催:大阪府)」にも選ばれた、知る人ぞ知る桜の名所です。爽やかな川の流れを囲む桜のトンネルの中を、船で通り抜ける行事も行われており、見事な景観を見せてくれます。
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メイプルアベニュー、ローレルアベニュー、コルナスアベニュー
木造賃貸住宅等が密集している萱島東地区で、特に面的整備ゾーンとして密集住宅市街地整備事業が進められました。老朽化した木造賃貸住宅等を複数の土地所有者などが共同して良好な賃貸共同住宅に建替えて建物の不燃化の促進を図り、建替えに併せて、地域の防災道路となる主要生活道路の拡幅整備が行われました。新しく生まれ変わったまちは、大阪府内などの密集地区の建替え事業のモデル事業となっています。
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ネイキッドスクエア
寝屋川市萱島東地区は、木造住宅が密集する地域でしたが、ゆとりの街並みづくりや防災への配慮から、建替え促進として、密集住宅市街地整備促進事業が進められました。現在は、3階建・型枠コンクリートブロック壁式構造、街路形成型住棟のコーポラティブ住宅で、駐車場を兼ねた中庭広場を持つ特徴のある住宅が建造されています。
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大阪仏舎利塔(おおさかぶっしゃりとう)
仏舎利塔とは釈迦の遺骨(仏舎利)を納めた塔であり、この地の仏舎利塔は大阪婦人活動の先駆者でもある川嶋貞子が私有地を開放し、私費を投じて建立したものです(昭和38年完成)。貞子が亡夫の遺志を継いで仏跡を巡礼した後、当時のインドのネール首相を訪ね仏舎利塔建立を直接嘆願しました。賛同した首相が直接贈呈した仏舎利を納めています。エキゾチックなインド様式の曲線を持つ塔は、信仰の対象だけでなく、美しい白亜の塔として地域のランドマークでもあります。現在は貞子が設立した社会福祉法人百丈山合掌会という老人ホームの敷地になっていますが、一般の人も参詣できます。
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大念寺・鶯関神社(だいねんじ・おうかんじんじゃ)
大念寺の梵鐘は、鐘楼に吊るされ、大きさは高さ146.5cm、口径92cmで、市内最大です。観音堂には、十一面観音が安置され、境内には、室町時代につくられた十三仏板碑もあります。大念寺門前の旧守口街道(行基みち)は、生駒山系を越えて大和国へと通じ、寝屋川と交わる堀溝の地は交通の要衝であったため、中世以前にはこの地に「鶯の関」(関所)がもうけられたといわれています。
また、街道沿いには、鶯関神社があります。 -
伝・秦河勝の墓(でん・はたのかわかつのはか)
6~7世紀に聖徳太子を補佐し活躍したと伝わる秦河勝を顕彰するために、その子孫によって江戸時代に秦山と呼ばれる寝屋川北岸の丘陵上に建てられました。中央に高さ2.42mの五輪塔が建てられていて、五輪塔南側に一対の石灯篭が建てられています。
秦河勝は、聖徳太子から仏像を賜って、京都の太秦に広隆寺を建立したこと、また、日本における舞楽や能の始まりにかかわったことで知られています。この墓の周辺は秦氏ゆかりの土地らしく、秦(はだ)・太秦(うずまさ)といった地名が現在でも残っています。 -
太秦高塚古墳(うずまさたかつかこふん)
太秦高塚古墳は、寝屋川市の秦・太秦の丘陵上に所在する太秦古墳群で、唯一現存する古墳です。
2001年(平成13年)の発掘調査によって、古墳の形状や保存状況がわかり、人物・水鳥・鶏・家・盾・衣蓋などの形をした埴輪や土器がたくさん出土しました。 出土した埴輪や土器などから、太秦高塚古墳は5世紀の後半に築かれたと考えられます。
2001年度(平成13年度)に寝屋川市制施行50周年記念事業として復元整備が行われ、2002年(平成14年)4月1日に「太秦高塚古墳公園」として開園されました。 復元された約350本の円筒埴輪が古墳の周囲を巡る情景は壮観です。 -
八坂神社のくすのき(やさかじんじゃのくすのき)
スサノオノミコトを祀る八坂神社は明治元年に改称されましたが、由緒によれば牛頭天王の総本宮である播磨国廣峯神社の分御霊として創建されたのが923年です。さらに淀川・茨田の堤建築後にできた沼から発生した疫病の平癒祈願のための創建として643年にまで遡ります。ここには「千年楠」と呼ばれる高さ約16m、周囲約7m、樹齢は650年以上と推定される(千年を超えるという説も)くすのきをはじめ寝屋川市が指定する保存樹4本を含め計19本ものくすのきが育っており、駅前とは思えない静かな雰囲気は古代から連綿と続く鎮守の杜の佇まいを残しています。ここのくすのきにはフクロウの亜種である珍しいアオバズクが棲息しているのも鎮守の杜ならではです。
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春日神社のスダジイの社叢(かすがじんじゃのすだじいのしゃそう)
シイは、ブナ科シイ属の樹木の総称で、日本の暖帯林の最重要樹種で、東北南部以西の本州から九州の丘陵・山野の広範囲に分布しており、高さ20mにもなる常緑高木です。5月下旬から6月に強い香りのある花が咲き、秋に実(堅果)をつけます。
春日神社には、社殿を囲むように樹高10mから15m、幹回り4m程度のスダジイの巨木が2本生育しています。
このうち、神社東側の旧堂池(現在は埋め立て)の池端にあるものは、幹が池側に大きく張り出していて、立派な樹形です。
人里近くに、スダジイの巨木が群生することは珍しく、1981年(昭和56年)に大阪府の天然記念物に指定されました。