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瀧谷不動明王寺(たきだにふどうみょうおうじ)
古来「日本三不動の一つ」といわれ、俗に「目の神様」「芽の出る不動様」などと呼ばれ、広く人々の信仰を集めています。また毎月第4日曜日のお不動さんの日には、縁日露店が並びおおぜいの参拝者があります。また、毎年5月の第4日曜日には、柴灯大護摩供春季大祭が催されています。
弘仁12年(821)に弘法大師が創建したと伝えられ、正平15年(1360)足利義詮の嶽山城攻めで一度焼かれました。ご本尊と脇侍が瀧の下に逃れ、その後、どこからともなく年老いた一人の盲僧が現れて本尊の霊験を説き、日夜礼拝するとたちまち晴眼となったことから、眼病平癒の霊像として信仰されるようになりました。
本尊の不動明王及びニ童子立像は、昭和31年に国の重要文化財に指定されています。
この像は体の中に墨でかかれた文字があって、制作年代がはっきりわかることも価値を高くしています。 -
新堂廃寺跡・オガンジ池瓦窯跡・お亀石古墳
この3つの遺跡は、近接しており相互の関連が明らかになっています。
新堂廃寺跡は、飛鳥時代前半創建の古代寺院跡で、その規模は、四天王寺と肩を並べるほどの大きさです。
オガンジ池瓦窯跡は、オガンジ池の東北隅の一角にあり飛鳥時代から奈良時代の200年間使われ、新堂廃寺専属の瓦窯でした。飛鳥時代の寺院に付属して近くに造られた瓦窯は全国でもめずらしいものです。
お亀石古墳は、地表に露出している石棺の上部が、ちょうど亀のように見えるので、このようによばれてきたようです。ここで見つかった平瓦は新堂廃寺跡で見つかったものと似ており、お亀石古墳は新堂廃寺を建てたこの地方の豪族の墳墓と考えられます。
この3つの遺跡は、平成14年に国の史跡に指定されています。 -
地車(だんじり)まつり収穫祭
富田林市内には30数台の地車が存在し、毎年10月の第二土日曜日と第三土日曜日には各地区で収穫を祝い賑やかに曳行されています。富田林の地車は江戸時代後期から存在し、民謡などを唄いながらゆっくり練り歩く時の情緒ある掛け声や、激しく暴れる時の勇壮な姿が印象的です。なかでも、地車の欄干(舞台)で演じられる滑稽な寸劇(仁輪伽)は大変ユニークで、上方芸能のルーツとも伝えられています。
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富田林寺内町「城之門筋」「日本の道百選」
城之門筋は富田林寺内町内にあります。城之門筋の名前は、桃山城城門のひとつを移築した興正寺表門が由来です。
路面の一部が石畳に舗装され、電柱の移設などにより町並み保存が進められています。
ここは東高野街道と富田林街道の会合する場所で、この歴史的な町並みには整然とした街路があり、その両側には厨子二階建て本瓦葺きの重厚な町並みが連なっています。
昭和61年8月に日本の道100選に選定されています。 -
錦織公園(にしこおりこうえん)
羽曳野丘陵の南端に位置する錦織公園は、みどりの中の散策やわんぱくな子どもたちの遊び場として親しまれている大規模な自然公園です。野鳥観察や里山づくり体験教室なども催されています。アスレチックや展望台、梅園や桜の広場などが整備され、中でも「河内の里」では、木造平屋建ての「里の家」や茶畑、水田、水車小屋などがあり、昔ながらの農村風景を楽しむことができます。(年中無休)
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富田林の足跡化石に関連する施設
平成元年(1989)の夏、本市の中心に流れる石川の河床よりアケボノゾウやシカマシフゾウ等の足跡化石が発見されました。アケボノゾウの骨格レプリカがすばるホール内に保管されています。また、総合スポーツ公園内の正面にアケボノゾウの牙をモニュメント化された噴水や、その上流に沿って原寸大のゾウやシカの歩いた跡が復元化されています。
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市立川西小学校教育歴史資料室(旧川西尋常小学校)
本校は、明治26年に2つの尋常小学校が合併されて岬尋常小学校が生まれ、「岬」とは、廿山校の「山」と甲田校の「甲」に由来しています。
現在残されている建物は、昭和9年の室戸台風後の復興校舎で、玄関・職員室と高等科教室1室を残しています。教室の天井を船底天井とし、室内天井下に挟み方杖を見せるなどの構造的な特徴のほか、東妻面に玄関ポーチを配して半切妻の2重構成とするなどの意匠的な見所もあわせもち、レトロな雰囲気がただよっています。
平成13年に国の登録有形文化財建造物に登録されており、教室内は、昭和初期の様子が再現されています。 -
牛頭山 龍泉寺(こずさん りゅうせんじ)
参道奥には鎌倉時代中期に建てられた朱塗りの仁王門があり、昭和36年に重要文化財に指定されています。また、境内北西には昭和56年に史跡名勝天然記念物に指定された「龍泉寺庭園」があります。この庭園は、浄土式庭園で、南北朝時代以前の影響を伝える造りとなっています。
伝説によると、蘇我馬子が村人のために池の悪龍を退治しましたが、村の水源が枯渇してしまいました。その後村に弘法大師が訪れて、池に向かって祈ると、7日目の夜に雨が瀧のように降り、池に清水が満々と満ちて井戸にも水が湧くようになりました。このとき大師は、池の端に寺やお堂を建て、龍泉寺と名づけたと言われています。 -
約100万年前の哺乳類の足跡化石と化石林
1989年の夏、本市の中央を流れる石川の河床で大阪府立富田林高等学校理化部の調査によって約100万年前の大形哺乳類(アケボノゾウ等)の足跡化石と化石林が発見されました。これらの石川の化石群は大阪府内では、現在露出している地層で観察可能なものとしては唯一のもので、極めて貴重なものです。
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宮本順三記念館 豆玩舎 ZUNZO(みやもとじゅんぞうきねんかん おまけやずんぞ)
元グリコのおもちゃデザイナーとして知られる宮本順三氏に関する資料を集めた記念館。同氏が世界中を旅し集めた民芸品や、日本の郷土玩具、グリコのおまけなどの小さなおもちゃを展示しており、同氏がグリコでおまけのデザインを始めた昭和10年代、戦後混乱期の大阪の空気感が小さなおまけを通して伝わってきます。また同氏は画家としても数多くの作品を遺しており、各地の公共施設に寄贈されています。その他、おもちゃづくりのワークショップ等を館内外で積極的に行っており、子どもから大人まで楽しみ交流することのできる空間となっています。