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秋祭り(やぐらまつり)(あきまつり)
泉州一帯で10月初旬に行われる秋祭りには、「やぐら」と呼ばれる二輪の地車が市内のあちこちで曳きまわされます。
地区毎の自慢のやぐらに加え、特徴ある音頭や曳行が披露されるなど、だんじりとは趣の異なった祭礼が盛大に行われています。 -
青い龍舌蘭(あおいりゅうぜつらん)
「龍舌蘭(リュウゼツラン)」と言う植物は、英名をセンチュリープラントと言い、100年に一回しか花が咲かないとされている貴重な植物です。
また「龍舌蘭」は葉に黄色い斑のあるものを言い、葉が青一色のものは「青い龍舌蘭」と言いわれています。 -
サザンぴあ
本施設は、平成20年7月、人々の憩いの場、ふれあいの場、また地域資源を生かした産品の提供、情報発信の場として開設されました。
新鮮な野菜をはじめ、地元特産品が購入でき、海鮮料理も味わえます。また、関西国際空港を眺めながらのんびりと過ごしたり、「恋人の聖地」及び「日本の夕陽百選」に認定されている泉南マーブルビーチを散策することができます。 -
砂川奇勝(愛称:すなやま)(すながわきしょう)
200万年前の洪積期に和泉砂岩が堆積し、地殻変動により隆起して丘陵となったもので、非常にもろく、雨水等で侵食された姿が、砂が流れる川のようであると称され、「砂川」の地名の由来となっています。また、戦前には一大行楽地として賑わいました。
現在はその規模も縮小されていますが、今でも当時の名残をとどめている貴重な自然です。 -
林昌寺の躑躅・皐月(りんしょうじのつつじ・さつき)
本寺は、天平年間に行基により開創されたと伝わる寺院で、寺庭のつつじ・さつきが見事です。高名な作庭家重森三玲による「法林の庭」の傍らには1565年の銘がある「補陀落渡海碑」や「仏足石」とよばれる大きな石が残されています。仏足石は、仏足信仰として石の上にふたつの大きな足型が刻まれており、全国でも百ほどの例が知られるのみです。また境内の裏山からは弥生時代の銅鐸が見つかっています。
※花の見頃については、HPをご覧ください。 -
紡績工場跡「赤レンガ・RUI」等(ぼうせきこうじょうあとあかれんがるいなど)
泉南の地場産業であった紡績産業は、大正から昭和の高度成長期に大いに栄えました。その後は海外の競争力に押され衰退してしまいましたが、その工場跡が今も昔の姿を留めたまま、活用されています。地域の近代化を物語る歴史の証人として残していきたい遺産です。
またこのほかにもこの界隈は近代に紡績業でにぎわった頃の樽井の町並みを今も残しています。 -
長慶寺(別名:アジサイ寺)と紫陽花(ちょうけいじとあじさい)
本寺は、寺伝によると、奈良時代の僧・行基の草創であり、本尊は行基自作の秘仏と伝わり、60年に1度の御開帳となっています。境内には開山堂や西国三十三所、坂東三十三箇所、秩父三十四箇所の本尊観音石仏を祀った御堂などがたたずんでいます。
また参道石段の両脇をはじめとして全山にアジサイが植えられていることから、「アジサイ寺」とも呼ばれ、その時期には広い境内が淡紫一色で彩られます。 -
信達宿本陣跡(角谷家)(しんだちしゅくほんじんあと つのやけ)
紀州藩と岸和田藩の参勤交代路として整備され、紀州徳川家の参勤交代は、この角谷家本陣で一泊することが習わしとなっていました。
本家は江戸時代の長屋門をはじめ、紀州公からの賜り物や、参勤交代に係る古文書も多く保存されており、極めて重要な文化遺産です。
※個人がお住まいのお宅です。無断で見学などなさらないようお願いいたします。 -
信達宿の野田藤(愛称:梶本家の藤)(しんだちしゅくののだふじ)
熊野街道沿いの信達宿にある梶本家の藤はたった1本の野田藤が約4万の花房をつけ、その藤棚は奥行き27m、街道沿い30mにも及び、見頃には一般公開され、多くの花見客が訪れます。
※個人がお住まいのお宅です。無断で見学などなさらないようお願いいたします。 -
信達宿のふじまつり(しんだちしゅくのふじまつり)
梶本家では、野田藤の開花時期(4月中旬~月末頃)に合わせて1週間程度、庭を一般客に開放しており、公開期間中には藤棚の横に鑑賞台が組まれ、藤棚を上から眺める事ができ、その光景はまるで紫の雲海のようで圧巻です。藤の見頃にあわせて「熊野街道信達宿のふじまつり」が開催され、熊野街道にも物販店や飲食店が出店します。花見に訪れる来訪者は毎年倍増し、一般公開期間中に約4万の人が訪れる泉南の春の一大イベントとなっています。
※藤の開花状況、イベント等の詳細はHPをご覧ください。