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あたご山
海を望む丘陵地に、5万本のツツジと800本の桜が植えられています。4月に桜が、4月下旬から5月上旬までツツジの花が咲き誇っています。
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橘逸勢父娘墓
平安時代の官人で、嵯峨天皇・空海とともに「三筆」と呼ばれたわが国を代表する書家の橘逸勢とその娘あやめの墓と伝えられる墓が下孝子に建っています。様々な説があり真相は不明ですが、古文書によれば1730(享保15)年には存在していたことが確認されています。
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高仙寺
葛城山脈に28宿の行場を開いたとされる役ノ行者の開基といわれています。本尊の十一面観音菩薩は、行者一刀三礼の作とされ秘仏となっています。本堂奥には行者の母の墓と伝えられる石積が残されています。
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小島住吉明神社
海上守護の神として祀られており、今でも漁業を主とする小島で深く信仰されています。境内に群集している「ウバメガシ」は、社叢として府の天然記念物に指定されています。
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理智院
聖武天皇の勅願で行基が開創したと伝えられています。本尊の追風不動明王は、弘法大師の作といわれ秘仏となっています。このほかに、豊臣秀吉が朝鮮出兵の際、この追風不動明王の功徳によって航海の無事を得たとして自らの「ひげ」を抜いて木像のあごに植えて寄進した「秀吉肉付の像」や秀頼8歳のときの「豊国大明神」の書など数多くの宝物が所蔵されています。
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興善寺
852(仁寿2)年文徳天皇の勅願により、慈覚大師が創建したと伝えられています。天正年間の兵乱により焼失したが、このとき仏像は、池に投げられ難を逃れたと伝えられています。本尊の大日如来座像は、釈迦・薬師の両脇侍とともに国の重要文化財に指定されています。
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宝樹寺(化石寺)
化石寺と通称され、数百点に及ぶナウマン像の化石が収集展示されています。これらは、岬町から友ヶ島沖にかけてイカ場から底引き網により収集されたもので、第4氷河期以前に日本と大陸が陸続きであったことを物語っています。
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国玉神社
岬町内で唯一「延喜式」の神名帳に記載されている神社(式内社)。神社下の平地には、深日行宮跡があったとされ、石碑が建てられています。称徳天皇が紀伊国に行幸したときにつくられた行宮のひとつとされています。
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金乗寺
1486(文明18)年本願寺第8代蓮如上人が紀州方面に下向の帰途ここに一宿され「鶴龍山金乗寺」の山号を賜りました。境内には、樹齢約百年、高さ約17mを誇る大いちょうが茂り、府の天然記念物に指定され、「大阪みどりの百選」に加えられています。
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船守神社
豊臣秀頼の命により造営された本殿は、三間社流造の桃山様式で国の重要文化財に指定されています。