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河内源氏の里
11世紀の中ごろ、清和源氏の源頼信が壷井に館をかまえたのを始まりに、以後、子の頼義と孫の義家も、ここに本拠をおき、武家の棟梁として勢力を広げた河内源氏の本拠地となりました。鎌倉幕府を開いた源頼朝は、その子孫にあたり、武士が世の中の実権を握る出発点を、ここに求めることもできます。河内源氏の氏神として信仰されていた壷井八幡宮には、戦国時代までたびたび兵火にかかり多くが消失しましたが、江戸時代に老中柳沢吉保の尽力によって再興された社殿が、往時の面影を伝えています。また、付近には通法寺や源氏三代の墓など、河内源氏にまつわる史跡が分布しています。
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大阪なす(千両なす)
南河内地域を代表する野菜で、色鮮やかで中長、千両なすという品種が主流です。なすときゅうりの輪作が体系化されており、ハウス栽培が多く、富田林市周辺を車で走ると、車窓からビニールハウスの団地が目に飛び込んできます。
大阪なすは、焼きなすや揚げなすなど、どんな調理にも合う野菜です。大阪の食として欠かせない一品です。 -
えびいも
なにわ特産品の中でも生産量が少ないえびいもは、最高級のさといもと言われ、珍重されています。海老のような湾曲した独特な形状と縞模様から、その名前がついています。
棒だらとの炊き合わせ「いもぼう」は高級料理として有名です。海老のような曲がりは、独特の栽培法により、農家の技によって作られたものです。
旧南河内郡(現在の富田林市などが該当)は古来より200haもの唐の芋の栽培地であり、大正末から昭和初期にかけて「海老芋」栽培が起ったとされています。ほくほく感と粘り気の強さが特徴で、高級食材として取り扱われています。 -
大阪きゅうり
きゅうりは夏野菜として知られていますが、南河内地域のきゅうりは、大阪なすとの輪作でビニールハウスを利用した「抑制栽培」で9月から11月が旬になっています。
大阪なす・大阪きゅうりが栽培されるビニールハウスが並ぶ南河内の一帯(富田林市板持地区など)は壮観です。
なす栽培ときゅうり栽培の間の期間である盛夏には、太陽熱を使った土の消毒が行われ、環境にやさしい栽培方法が行われています。 -
長瀬川
中河内地域を流れる農業用水路である「長瀬川」は、大陸より日本に稲作が伝わってきた古代から現在に至るまで、水田に水を送るために大きな役割を果たしてきました。現在でも、水利施設としての機能はもちろんのこと、効率の良い食料生産、多様な生態系の形成や保全、環境・景観形成や保全、あるいは歴史や文化の伝承に大きな役割を果たしています。桜並木や整備された護岸などは地域の良好な景観を形成しており、「疏水百選」にも選定されています。
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府営 久宝寺緑地
久宝寺緑地は、服部・鶴見・大泉と並ぶ大阪4大緑地のひとつで、甲子園球場の約10倍の広い園内には、「花の広場」や「ファミリー広場」などの憩いのスペースに加え、本格的なスポーツ施設が勢揃いしています。春は桜をはじめ、色とりどりの花や新緑が美しく、夏は高校野球大阪大会やプールで賑わい、秋はどんぐりや紅葉が楽しめ、冬はマラソン大会が行われるなど、四季それぞれの楽しみ方ができる公園です。
なかでも春に開催されるシャクヤク園は、50種類以上約1600株のシャクヤクが赤、白、ピンク、黄色と色とりどりの花を咲かせます。シャクヤクの気品ある魅力をご堪能下さい。 -
大阪えだまめ
鮮度が命のえだまめは都市近郊の府内農家にはうってつけの作物で、直売所でも人気の品目です。栄養価に優れ、夏に欠かせない野菜として、大阪の代表選手となっています。
なかでも八尾市は近畿有数の収穫量を誇ります。 -
若ごぼう
八尾市を中心に栽培されている葉ごぼうは、春を感じさせる代表格の野菜です。
地元では『若ごぼう』と呼ばれ、根だけを食べる普通のごぼうと異なり、やわらかい軸(葉柄)と若い根を食します。また、束ねた形が矢に似ていることから「やーごんぼ」とも呼ばれています。春を呼ぶ健康野菜として親しまれ、食物繊維をはじめ、鉄分、カルシウム、ルチンが豊富な素材としても見直されています。
独特な食感にファンも多く、料理専門家が多くのレシピを生み出しています。 -
河内くわい
くわい(慈姑)は、茎の塊から「芽が出る」姿が縁起物として、おせち料理の食材になるなど、お祝い料理には欠かせない野菜で、栄養価も高く、煮物や天麩羅など、幅広く利用されるものです。
くわいという名は、葉が鍬の形に似ているため、「鍬芋」とする説や、「河芋」に由来するという説など、さまざまです。12月収穫のため、12月から1月にかけて、出回りのピークとなります。門真市では青くわいという品種が栽培されています。 -
河内れんこん
門真における蓮根栽培は大字北島地区の池に地バスが生えており、これを湿田で栽培するようになったのが始まりと言われています。明治40年頃には天満の市場に出荷していたが、自生種が貧弱な根であったため、大正時代に石川県の加賀蓮、岡山県の備中蓮を導入し、昭和5年には作付け面積も300haにまでに至りました。現在は都市化の影響で作付面積が激減しましたが、青粘土層で生育したものは品質が良く「河内れんこん」として人気があります。