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サマーフェスタ箕面公園 みのおキャンドルロード
ひと味違った夏の夜の箕面公園を楽しんでもらおうと開いている「サマーフェスタ箕面公園」のイベントの一環として行われているもので、平成12年より続く箕面の夏の人気イベント。箕面山瀧安寺前広場や箕面大滝を中心に約6,000本のキャンドルを並べ、箕面公園を幻想的に演出。1年365日8760時間のうち、たった2時間だけしか体験することができないその美しさは、毎年多くの来訪者を虜にしています。
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箕面の柚子(みのおのゆず)
大阪の北部、大都市近郊にありながら自然豊かで風光明媚な箕面で育った大粒で香りがよい柚子。大部分が実生(みしょう)栽培で質が高く、料亭などでも好んで使われています。箕面は大阪では数少ないゆずの産地であり、止々呂美(とどろみ)地区で生産される柚子は明治時代にはすでに特産品となっていました。風味豊かな「箕面の柚子」をぜひご賞味ください!
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ふくまるファミリー
お父さんの「ふくまるくん」、お母さんの「ふくまるちゃん」、4つ子の長男「ふー」、長女「くー」、二男「まー」、二女「るー」がいます。ツイッターを行っています。
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砂川捨丸顕彰碑(すながわすてまるけんしょうひ)
砂川捨丸は、摂津市が生んだ近代漫才の草分け的存在である。明治23年、摂津市新在家に生まれる。10歳の時に江州音頭の芸人だった兄の千丸について初めて舞台を踏んだ。チョビヒゲに羽織り・はかま姿で、鼓をもつユニークな姿で知られ、「和製チャップリン」と評された。世相を皮肉った話芸などで人気を集める。上方演芸資料館に殿堂入りしている。
漫才をレコードに吹き込むことにも意欲的で、発売したレコードは300枚を超えた。その中から18話をCDに収録したものが残っている。
平成7年に市民有志らが「砂川捨丸を語る会」(上田幸資会長)を結成、毎年、「捨丸を偲ぶ演芸会」を開催してその収益金と寄付金などを集めて、平成11年5月に摂津市東一津屋にあったアトリウム南摂津前に顕彰碑を建立した。その後、令和3年3月に大阪モノレール南摂津駅前に移設した。 -
玉川の里(たまがわのさと)
市内の南部「三箇牧地区」にある玉川の里は、「摂津国三島の玉川」として、山城国井手、近江国野路、武蔵国調布、陸前国野田、紀伊国高野と並んで「天下の六玉川」と称され、そこに咲く「うのはな」は、平安時代から古歌の歌枕として知られ、江戸時代にも俳句や川柳の題材にもなりました。
「うのはなや 暗き柳の およびごし」。これは、元禄7年(1694)に松尾芭蕉が詠んだ句で、現在、玉川の里にはこの句碑が建てられています。今も、夏が訪れる度に玉川の里は一面の「うのはな」に覆われ、白い可憐な花が私たちを和歌や俳句に詠まれたころの玉川に誘ってくれます。「うのはな」は、高槻市民の花にも指定されています。 -
三好達治記念館(みよしたつじきねんかん)
「測量船」、「艸千里」などの詩集で知られる詩人・三好達治氏の直筆原稿や書簡などが保存、展示されている記念館です。没後13回忌にあたる昭和51年、達治氏の弟が住職を努める本澄寺境内の一角に、達治氏の弟妹親族により建てられました。館内には他にも、達治氏の愛用した遺品や著書、写真、参考文献等、数多くのものが展示されています。また、本澄寺内には三好達治氏のお墓もあります。
※見学は無料ですが、事前に電話予約が必要です。 -
たかつきアート博(たかつきあーとはく)
「アートのまち高槻」を広く発信することで、“地域の賑わいづくり”と“若手クリエイターの発掘・育成”を目指すアートイベントです。商店街のアーケードに子どもたちが描いた約25枚の巨大絵画を展示する「巨大絵画アーケード展」をメイン企画とし、コアイベント日には、ワークショップの開催など、アートイベントを市内の中心市街地各所で展開し、アートの花を咲かせます。
アートは心の写し絵とも言われるように、人々の心や感性を何からも束縛されることなく自由に表現することができます。そして、アートを共感し合うことで、人と人とのつながりが生まれ、地域のコミュニティ再生のきっかけづくりになるのではないかと考えます。 -
大宅壮一顕彰碑(おおやそういちけんしょうひ)
わが国を代表するジャーナリスト・大宅壮一氏の功績を称えて、地元有志の発意により平成21年5月に建てられた顕彰碑。大宅壮一氏は明治33年、富田村(現在の高槻市富田町)に生まれ、少年期をこの地で過ごしました。戦中の従軍記者などを経て、戦後はジャーナリズムで活躍。「一億総白痴化」、「恐妻」、「口コミ」など、物事の本質に迫る無数の造語を生み出し、「マスコミの帝王」と呼ばれました。顕彰碑には、大宅氏が愛した「美しいバラの花は野茨の根の上に咲く」という言葉が刻まれ、偉人の功績を現在に伝えています。
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淀川三十石船舟唄全国大会(よどがわさんじっこくぶねふなうたぜんこくたいかい)
「淀川三十石船船唄」は、江戸時代から明治時代にかけて、京都・大坂間の重要な交通・運輸方法として活躍した淀川三十石船の船頭衆によって唄われた「しごと唄」で、全国でも少ない船唄の一つです。船客は船唄によって旅情をなぐさめられるとともに、船の現在地をおおよそ知ることができたといわれています。また、当時は、三十石船の船客に粗っぽい言葉で酒や食物を売る、高槻市柱本発祥の「くらわんか船」も登場するなど、淀川沿いの地域では名の知れた船でした。昭和39年に唄を永く保存するために「淀川三十石船船唄大塚保存会」が結成され、船唄は昭和60年に高槻市の無形民俗文化財、平成14年に大阪府の無形民俗文化財に指定されました。
「淀川三十石船舟唄全国大会」は、この船唄の普及啓発を目的として、毎年11月に全国から参加者を集って、自慢ののどを披露してもらう大会です。 -
磐手杜神社の神輿渡御神事(いわてもりじんじゃのみこしとぎょしんじ)
市東部の磐手杜神社で行われる祭礼で、通称は「馬祭(うままつり)」と呼ばれています。祭礼は一ノ馬座と女郎座(二ノ馬座、三ノ馬座)の二座を中心とした宮座の氏子中による、初夏の季節の農耕儀礼で、その記録は貞享2年(1685)の「村馬番覚書」までさかのぼります。特徴として、神霊を迎える「オダンツキの儀」と「シバオリの儀」があげられます。「オダンツキ」は、宮座の当屋の軒先に黒松で囲われた仮屋を設け、その中央に「オダン」と呼ばれる祭壇をつくり、神を迎える一連の儀式です。また、「シバオリの儀」は、神職、村役、座員などが輪になって行う盃事の儀式が各御旅所で行われ、田畑の豊穣と村人の安寧を祈願する、最も重要な儀式です。平成18年2月には市の無形民俗文化財に指定されました。