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かしみん焼き
岸和田でも浜地区に伝わる「かしみん」。“かしわ(鶏肉)”と“ミンチ(牛脂)”を具材にした洋食焼きのことで、鶏肉・牛脂の濃厚なうま味とパリッとした生地の組合せが絶妙。テレビ・雑誌で取り上げられるなど、知名度ある岸和田のソウルフードです。
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捕鳥部萬の墓(ととりべのよろずのはか)
豪族物部守屋に仕えた捕鳥部萬の墓と伝えられています。日本書紀によると萬は物部氏滅亡後、当地に逃れ、朝廷の大軍相手に孤軍奮戦した後に自害しました。朝廷はその遺骸を八つ裂きにましたが、萬の飼犬が主人の首をくわえ去り、この地に埋葬した後は側を離れることなく飢え死にしました。朝廷は義犬として称え、萬と飼犬の墓を並べて造り、厚く葬ったと言われています。市指定史跡。
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蛸地蔵駅(たこじぞうえき)
駅舎は大正14年竣工の南欧風の駅舎で、シャンデリア風の照明や天窓にはめ込まれた「敵から城を守る蛸を引き連れた地蔵菩薩」の説話に基づいたステンドグラスなど、大変おしゃれな駅です。南海沿線でこの時期の駅舎は殆ど残っておらず、貴重な存在となっています。令和3年、国登録有形文化財に登録されました。
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旧岸和田村尋常小学校舎(きゅうきしわだむらじんじょうしょうがっこうしゃ)
もと岸和田村尋常小学校舎で、その後、岸城幼稚園や市役所仮庁舎などとして使われた建物で、明治36年建築。現在は中央公園内に移築保存されています。正面玄関は入母屋屋根を頂いた寺院建築風で、御殿式和風木造建築です。国登録有形文化財。
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岸城神社(きしきじんじゃ)
南北朝時代、沼邑の長が老親の病平癒を願って京都の祇園感神院(現・八坂神社)から牛頭天王を勧請。後に、小出秀政が岸和田城を完成させた頃、岸和田郷内にあったと思われる八幡神を併祀し、代々の城主・住民に崇拝され、明治維新になって社名を岸城神社と改めました。なお、例年だんじり祭(9月祭礼)の宮入の際には、15台のだんじりが宮入をします。
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観蔵院(通称:高見観音)(かんぞういん)
正式名称は、受楽山浄聖寺観蔵院・真言宗三宝院末。天守の鬼門守護として建立され、海岸寺より移した木造聖観音立像(平安期・市指定文化財)があります。毎年、節分の日には、節分の行事が盛大に行われ、年男を招いて餅まきを行います。夜ともなれば一段と賑わい、護摩木が赤々と燃え上がり、ヒイラギのお守りを求める人で境内はにぎわいます。
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岡山御坊跡(おかやまごぼうあと)
文亀3(1503)年頃、当地を訪れた本願寺実如によって創建され、泉南地域での浄土真宗勢力拡大の一拠点となった寺院ですが、天正8(1580)年織田信長配下の軍勢によって焼かれてしまいました。今はその跡地に「南無阿弥陀仏」と刻んだ六字名号碑が建てられて、往時をしのばせています。市指定史跡。
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和泉市農業体験交流施設「いずみふれあい農の里」
和泉山脈の麓、標高約300mの自然に囲まれた場所にあり、淡路島、関西国際空港、明石海峡大橋が見渡せます。施設では周辺農地と連携したさまざまな農業体験や地元で収穫した野菜などを使った料理講座を行っています。春には関西最大級の規模を持ついちご農園で行ういちご狩り、いちごを使ったスイーツ作り講座も好評です。
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泉大津だんじり祭り(いずみおおつだんじりまつり)
泉大津市では、南海本線の線路を境に東側は十二町連合、西側は濱八町の計19台により、市内全域でパレードや宮入が行なわれます。十二町連合は岸和田型の下だんじりで濱八町は上だんじりなど各々の特色があります。
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池上曽根弥生学習館の館内展示と体験学習(いけがみそねやよいがくしゅうかんのかんないてんじとたいけんがくしゅう)
池上曽根弥生学習館は、弥生時代のものづくりを、「いつでも」「だれでも」体験できる施設です。
勾玉づくり、土器づくり、土笛づくりなど弥生時代を味わえる様々な体験メニューを用意しています(団体は要予約)。
ほかにも棒ガラスをバーナーで溶かして作るガラス玉づくりや、粘土を使った銅鐸づくりなど、予約してできる体験メニューも用意しています。
館内や展示ホールでは池上曽根遺跡の出土遺物を常設展示しています。