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樽井の紋羽(たるいのもんぱ)
紋羽とは、足袋裏地に使っていた厚手の綿織物です。江戸時代以降、盛んに樽井で生産されており、「ぬき糸」に「ガラ紡糸」を使うのが特徴です。その結果、厚みで丈夫、暖かく、足袋裏の布地としては最適でした。かつては、樽井で生産された紋羽の多くは、埼玉県行田市へ運ばれ、足袋に加工されていました。
ただし、現在は、国産ナイロンの普及と足袋の需要減により衰退してしまい、現存するものはわずかで、非常に貴重なものとなっています。 -
市民の里「あがらの森」植樹群(しみんのさと あがらのもりしょくじゅぐん)
「あがらの森」は、信達郷共有林野組合が主となって、泉南市民の里内に整備している里山公園です。里山保全の一環として、市内小学校の生徒がボタンザクラ、梅、コナラ、クリなどの植樹を行っています。またオーナー公募による市民の梅の植樹も行われています。
ちなみに「あがら」とは泉南方言で「自分たち」という意味です。 -
種河神社の湯神楽神事(たねかわじんじゃのゆかぐらしんじ)
巫女が舞い、湯神楽を奉納し、無病息災を祈念する神事です。その湯釜の湯は分配され、参詣者へはぜんざい、甘酒のふるまいが行われます。
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林昌寺の火渡り(りんしょうじのひわたり)
つつじとさつきの庭を右に見ながら参道をのぼり、境内愛宕山山頂で山伏たちによって毎年成人の日に紫燈大護摩供(さいとうおおごまく)が行われます。紫燈大護摩供とは修験道の護摩焚きで、野外において山伏が生木や柴などを積み上げて火を焚き五穀豊穣、風雨順次、国家安泰、家内安全等を祈願するものです。その後、真っ赤な炭の上を歩く「火渡り神事」が行われ、一般の参詣者も災難厄除けを願い、参加することができます。
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泉南マリンブリッジ(せんなんまりんぶりっじ)
田尻町と泉南市をつなぐ全長649mの大橋です。大波のように左右にうねっている形状が特徴で、名前の由来ともなっています。また田尻スカイブリッジともに、KIX泉州国際マラソンのコースにもなっており、レース終盤の33kmから40km付近までは、高低差約15mを誇る、完走を目指す上で最大の難所としても知られています。
その景観からジョギングコースとしても人気があり、休みの日やマラソン大会が近づいてくると、多くの人が思い思いのスタイルでジョギングする風景を目にします。 -
行基参り(ぎょうきまいり)
神社の祭に曳き出される地車が寺の境内に入る全国的にも非常に珍しい行事で、久米田池の水の恩恵に預かる町の地車13台が一堂に会します。古来より収穫感謝として執り行われてきましたが、幕末から明治にかけて、神社の祭礼に地車が採り入れた後、地車を伴った「行基参り」が行われるようになり、現在のような盛大な行事へと発展しました。
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諸井堰(もろいぜき)
津田川上流、土生滝町の意賀美(おがみ)神社から南へ約500メートルのところに、今はコンクリートで固められている井堰(いぜき)があります。天平の昔、橘諸兄(たちばなのもろえ)が設けたものとの伝承があり、諸兄堰(もろえぜき)とも呼ばれていますが、津田川の右岸・左岸の双方に分水するかたちをそう呼んでいるとも考えられています。
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岸煉の煉瓦塀(きしれんのれんがべい)
明治~大正時代に築かれた岸和田煉瓦株式会社(岸煉)の煉瓦塀が撤去されることから、市民の手によって移設・復元されました。岸煉の煉瓦は質の良い土を石炭の強い火力で焼き上げるため、高品質で耐久性のあるものとされ、旧下関英国領事館(国重要文化財)や同志社女子大学ジェームス館の校舎など日本各地で使われています。創業者の山岡尹方(ただかた)がキリスト教徒だったことから、煉瓦には十字架をあしらったクロス「×」が刻印されていることが知られています。
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牛滝温泉四季まつり(うしたきおんせんしきまつり)
12,000坪の敷地内には、天然温泉大浴場・露天風呂・足湯・レストラン等を備える宿泊施設を始め、本格的なカナダ産のログハウス、キャンピングサイト、バーベキュー広場などがあり、春は桜、夏は納涼、秋にはもみじ、冬は山々の雪景色など、清流牛滝川をはさむ四季折々の自然美が楽しめます。
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杉江能楽堂(すぎえのうがくどう)
観世流能楽師・杉江櫻圀が、岸和田藩最後の城主・岡部長職から城内にあった能舞台の一部を譲り受け、大正6年に設立しました。現存する民間の能楽堂としては、府内最古のものです。