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寺内町・大ヶ塚での八朔市(はっさくいち)
旧暦8月1~3日(現在の9月第1土・日曜日)に400年の歴史と伝統をもつ市が開催されます。
八朔は鎌倉初期の時代から農家に伝わる慣習で、一番暇な時期に物の物々交換を行ったといわれており、これを戦乱のおさまった天正時代に村人と三寺院(顕証寺・大念寺・善正寺)が村の復興を願って大々的に取り組んだのが八朔市といわれています。
全盛期の時代には、奈良・和歌山・滋賀県からも八朔市に来られていたとも言われています。 -
OSAKAアート&てづくりバザール(おおさかあーと あんど ばざーる)
関西最大級のアートイベント「OSAKAアート&てづくりバザール」。毎回600名を超える作家・アーティストがイラスト、手芸品、アクセサリー、革製品、陶芸、木工、クラフトなどあらゆるジャンルの作品を展示・販売し、大いににぎわっています。プロ・アマ問わず誰でも参加できる間口の広いイベントです。
また、百貨店や雑貨ショップなどのバイヤーの来場も多く、このイベントがきっかけでビジネスチャンスをつかんだ作家も誕生しています。一方、一般来場者が親子で参加できるワークショップも実施するなど、“大阪をアートで盛り上げる”シンボルイベントをめざしています。 -
江坂公園(えさかこうえん)
令和5年4月に遊びも読書もグルメも楽しめる新しい都会のオアシスとしてリニューアルオープンしました。
小説「星の王子さま」に登場したバオバブの木からデザインされた大型遊具は、クライミングや複数のスライダーなど20種類を超える遊びを楽しめ子どもたちに非常に人気が高く江坂公園のシンボルです。 -
「粟おこし」「岩おこし」
大阪名物「粟おこし」「岩おこし」は奈良時代に、右大臣・菅原道真公に大阪の村人が「おこし」を献上して以来、古くから、「身をおこし、家をおこし、国をおこして、福をおこす」縁起の良いお菓子として大阪の人々に親しまれてきています。
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兎田の力石(うさいだのちからいし)
「力石」は楕円形の大きな自然石であり、昭和20年ごろまでは、村の若者が身体を鍛えるための道具でした。寺社、道端などに普通に置いてあるため、若者たちは暇を見つけては集まり、力試しや力自慢をして互いに優劣を競い合っていたそうです。しかし現在、その存在意義を知る人も少なくなり、全国に数多くあった「力石」も散在してしまい、兎田にある直方体の三体の「力石」は貴重な地域の宝物として大切にされています。
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おっしゃんしゃん
おっしゃんしゃんは、『おっしゃんしゃんのしゃんころべ』と唱和しながら、独特な笛・鉦・太鼓にあわせ、数名が地車前で踊り、その後、相撲をとる岸和田市沼町に残る伝統行事です。
平成18年には、なにわ伝統芸能等功労知事賞表彰を受賞しました。 -
梶原特産「たけの子」(かじわらとくさんたけのこ)
タケノコは、梶原地区を中心に作られており、皮をめくると白く、柔らかくシャキシャキとした歯応えと独特の甘みが特徴です。
3月下旬から4月下旬頃に収穫し、5月下旬頃まで卸売市場や朝市等で出荷・販売されています。 -
高槻産しいたけ(たかつきさんしいたけ)
ナラやクヌギの木に菌を植え付け、半年から1年以上かけて丹念に栽培する、無農薬・無添加のこだわりの原木栽培による健康に良い高槻産しいたけ。
市内の北部地域にある樫田地区において組織した「高槻椎茸部会」が施設栽培による周年栽培を実施しており、卸売市場や朝市等へ出荷したり、市が関係するイベント等で直販を行ったりしています。
また、樫田地区にある「高槻市森林観光センター」で、生しいたけや乾燥しいたけ等を販売するほか、年中しいたけ狩りを開設するなど、観光農園としても賑わいをみせており、高槻産しいたけの普及・啓発を行っています。 -
河内ワイン館(かわちわいんかん)
昭和の初期には全国一の栽培面積を誇っていた、ぶどうの里「駒ヶ谷」。昭和9年に室戸台風がきっかけでワインづくりがはじまりました。
1階はお土産ショップとなっており、テイスティングをしながらお好みのワインを購入することができます。
2階の資料館には、創業当時からの葡萄を搾る機械や、6,000Lの樽、手詰めのビン、詰機などが展示されています。また、併設されている工場も見学できます。地元の産業として、今後も伝統を守りながら挑戦していくプロセスにおいて、この資料館は大切な歴史を語る空間として必須のものだと思います。 -
寝屋川市庁舎議場西壁面レリーフ『和光』(ねやがわしちょうしゃぎじょうにしへきめんれりーふ わこう )
寝屋川市庁舎議場西壁面レリーフは、田中忠雄(たなかただお)原画、羽淵紅洲(はぶちこうしゅう)製作の共同作業で昭和43(1968)年春に完成しました。田中画伯はレリーフ原画を創作するに当たり、寝屋川市の編纂史並びに多くの資料を求めました。この壁面は宇宙空間、深遠、雄大さを示し、寝屋川主流の恵みのもとに田園都市が太陽の恩恵を受け、平和に近代都市として変革発展し、育っていくイメージを未来に託すシンボルとして立体的に配し創られています。