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Update: 平成27年2月9日
星に祈る(観心寺節分祭)
くろまろ館企画展示「星に祈る」観心寺節分祭りが1月24日~2月28日まで、くろまろ館特別展示室で開催されています。
観心寺には、金堂を取り巻く様に、7つの星塚が祀られています。星塚のあるお寺は、全国で観心寺だけです。何故、観心寺に星塚が祀られる様になったのか。平安時代の初めの、大同3年(808年)、修行をしながら、各地を巡っていた空海は、修験道の開祖の役小角が、開いたと言われる雲心寺を訪れました。
その後、空海は再びここを訪れて、寺の名前を観心寺と改めました。
空海は、このお寺の境内に北斗七星を勧請しました。すると天から七つの星が降って来て、金堂の回りに星塚が出来たそうです。中国では北極星の回りを、すべての星が回っていて、特に北極星が中心で最高神の天帝と言われ、その周りをまわる北斗七星が、天帝を守る星と考えられました。
金堂には七星如意輪観音を祀り、貪狼星から右回りに、木の根元に星を表す石が置かれていて、破軍星まで7つの塚を巡り、それと最後に鎮守の訶梨帝母天を回ります。
毎年、節分の2月3日に星供養が境内で賑やかに行われ、餅撒きも行われます。
今回は観心寺より預かっている、江戸時代から昭和初期に造られていた、版木や印章122点が観心寺の槙本院から預かり、5点が展示されています。
密教の星供養と言うのは、平安時代に祈祷や呪術で国や人の災難が無くなり、平和になると信じられてました。唐へ留学して本格的な密教を授かった空海は、祈祷の第一人者として、天皇や朝廷から大きな支持を受けました。
密教では2月3日の節分に星曼荼羅と言う絵図を掲げて、護摩を焚いて、祈る星供養や星祭と言う行事が行われます。
近隣の方々が沢山訪れて星祭に参加されます。今回は観心寺に保管されている、数枚の絵図の中で、描かれた年代は不明ですが、金堂を中心に7つの星塚が、描かれた物が展示されています。
Written by マロンさん
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