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小石室と男里遺跡(しょうせきしつとおのさといせき)
男里川周辺には古代から人々が生活しており、その遺構などが発見されています。特に双子池周辺一帯が男里遺跡の中心部と考えられています。小石室は人頭大の河原石を並べた石室で、6世紀から7世紀の古墳です。双子池の北西の地点の発掘調査で発見されましたが、現在、雄信小学校へ移設されています。
※小学校の敷地内にある施設です。無断で見学などなさらないようお願いいたします。 -
お菊松(おきくまつ)
豊臣秀次の妾、小督局の子お菊の夫は大坂夏の陣で大坂城にはせ参じました。お菊は密書をもって夫の後を追い大坂城へ向かいましたが、徳川方の追手を逃れるため、自分の髪を切って男装し、その髪を傍らの松のところに埋めたと伝えられています。現在、松は枯れてなくなりましたが、記念の石碑が残されています。
悲劇のヒロインお菊姫のお話しは、お菊の手毬歌として今も地域に伝わっています。 -
サザンビーチとウミガメの産卵地
サザンビーチは、関西国際空港を離着陸する飛行機が眺望できる、日本でも珍しい海水浴場として、毎夏、家族やカップルでにぎわっています。
また、ビーチに程近い砂浜にはウミガメが産卵に訪れており、最近では2010年の夏、11年ぶりにウミガメが戻ってきました。夜9時ごろから1時間をかけてゆっくりと産卵し、11時頃には、大切な卵に砂をかけて名残惜しそうに海に帰っていきました。
※貴重な自然を保護するためにも、赤ちゃんウミガメが孵化するまで立ち入る際にはご注意ください。 -
埋蔵文化財センター(まいぞうぶんかざいせんたー)
埋蔵文化財の調査、研究、保管、公開を目的として建設されました。展示室には海会寺跡の出土品(国の重要文化財)を展示しており、文化遺産に関する情報の発信基地となっています。
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極楽密寺(ごくらくみつじ)
真言宗の寺であり、薬師如来を本尊として行基により開創されたとされています。江戸期に入り、1755年紀州徳川家の祈祷所となり、ところどころに見られる三葉葵の御紋が繁栄の時代を物語っています。
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光平寺と石造五輪塔(こうへいじとせきぞうごりんとう)
五輪塔は南北朝時代のものであり、形の違う五つの部分によって構成され、上部から「空輪」「風輪」「火輪」「水輪」「地輪」と呼ばれ、それぞれ仏教における万物の構成要素をあらわしています。
境内で見つかった平安時代や鎌倉時代の瓦とともに泉南の歴史を知る上で貴重な文化財です。 -
浄光寺の鐘楼と菖蒲(じょうこうじのしょうろうとしょうぶ)
平安末期、源平一の谷合戦に敗れた平氏方は紀伊国に落ち延びようとして樽井の浜に漂着したと伝えられています。その子孫がここに草庵を結び、それがこの寺の始まりとなったといわれています。
現在、菖蒲の手入れは坊守さんが行っており、藤色、藍色、. 紫、紺、白、黄色等様々な色の花菖蒲の鉢があります。
またここの鐘楼は1702年に建立されたもので地区最古の建物と言われています。 -
笠山参拝道(薬師山)(かさやまさんぱいどう やくしやま)
笠山はその昔美しい姿だったので、人々を惹きつけ、信仰の山として崇められてきました。その参道の途中には「満水石」「三丁」などの碑があり、それらを経て薬師山を経由します。薬師山は、霊山として崇敬された山で、岩肌には「岩不動」が建てられています。山頂からの眺めは和泉平野を一望できます。
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笠山・白山神社(かさやま はくさんじんじゃ)
役行者が開いたとも、根来寺の覚鑁上人が開いたともいわれ、かっては根来寺本坊の直轄地でした。長年、霊山として祀られており、山頂には白山神社が鎮座しています。現在は種河神社に合祀されており、種河神社の境外社となっています。
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海営宮池(かいごいけ)
本池は行基が開いたという伝承をもち、蓮如上人は「和泉なるしたちの池をみるからに心すみめるかい寺の宮」と句を残しています。
またここから出土した木葉型尖頭器は、市域での人類が残した最古の文化遺産であると考えられます。