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レンゲの里・コスモスロード
三島江地区では、春(4月)に「高槻レンゲ振興会」がレンゲの里を公開する(公開終了後、レンゲを肥料として鋤き込んで水田として活用)ほか、秋(10月)には「三島江実行組合」が中心となり、三島江の休耕田などを活用してコスモスロードを公開する、花にあふれたまちづくりに取り組んでいます。
春のいきいきとしたレンゲ畑はほのぼのとした田園風景に溶け込み、秋にはコスモスがやわらかい日差しの中で揺れています。都市部の近くにこうした景観が広がっていることは大変稀で、都市住民をなごませてくれる癒しの空間となっています。 -
西国街道・芥川宿
西国街道は、古くは8世紀における大宰府までの山陽道を前身とし、江戸時代には西国大名が参勤交代に際して利用するなど、大阪を経由せずに西国へ抜ける街道として利用されました。
芥川宿は、本陣や30軒以上の旅籠屋などが立ち並び、大名行列や旅人で賑わった西国街道の宿場町です。現在では、当時の面影を残すものが少なくなっているものの、府の史跡に指定されている芥川一里塚や格子窓の建物などが残っており、賑わいを見せた当時の街並みを偲ぶことができます。
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高槻ジャズストリート
「高槻を音楽あふれる楽しいまちにしよう」との思いから、市民有志が立ち上げました。出演バンドは約800バンド、4000名を超えるミュージシャンが出演します。市内約60の会場で演奏、まち全体がライブハウスと化します。多くのボランティアで運営される全会場入場無料、日本最大級の手作り音楽イベントです。
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市民フェスタ高槻まつり
例年多くの来場者でにぎわう、昭和45年から始まった高槻の夏の最大イベントです。「高槻音頭」や「高槻ウェーブ」など躍動感あふれるパレードのほか、ステージ上での太鼓やバンド演奏、市民団体などによる夜店も並びます。
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大阪医科薬科大学別館(歴史資料館)
大阪医科薬科大学別館は、大阪高等医学専門学校の講堂として建てられました。大正から昭和前期にかけて、有名な建築を手がけられた、ウィリアム・メレル・ヴォーリズが設計しました。イスラム様式の装飾が施されており、特色のあるデザインが貴重な近代建築の遺産として高い評価を受け、高槻では初の国の登録有形文化財として登録されました。
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JT生命誌研究館
生きものの基礎研究を行い、その成果を美しい表現で楽しむ「科学のコンサートホール」です。展示ホールでは、生きものの歴史や生きもの同士のつながりを伝えます。研究動画や創作映像をはじめ、触れる模型・パズルなどの豊富な仕掛けで、細胞やDNA、進化について知ることができます。屋上にはチョウと植物の関係を知る庭園「Ω食草園」があります。ナナフシ、肺魚など生物の展示も行っています。
展示ホールは常時自由にご覧いただけるほか、研究員が最新の研究についてお話しするレクチャーや、実験の現場を体験したり、研究に使われている生きものを観察する催しを行っています。 -
高槻市立自然博物館(あくあぴあ芥川)
芥川を中心とした高槻市の自然資料を収集・展示し、身近な自然を紹介する「地域博物館」として親しまれています。
大阪府北部地域で最大の規模を誇り、淡水魚をはじめとする生き物、剥製や標本、化石や岩石などが数多く展示されています。また、自然系の図書や資料の閲覧に加え、自宅周辺地域で目にした身近な生き物について、職員に気軽に相談することができ、自然観察会などのイベントや企画展も催され、貴重な地域交流の場となっています。 -
高槻市立しろあと歴史館 分館 歴史民俗資料館
しろあと歴史館は、かつての城下町の名残をとどめる高槻城三の丸跡の一角に建つ歴史博物館です。戦国時代から江戸時代の高槻の歴史を、豊富な資料、模型などで楽しく紹介しています。
また高槻城公園内には、市指定文化財である江戸時代の町家を移築した、分館・歴史民俗資料館があります。町家にはめずらしく、太い梁を使った小屋組で本瓦葺きの屋根を支えています。ちょっと昔の「お店」の雰囲気で、伝統的な農具などを展示しています。 -
新池ハニワ工場公園
新池遺跡は、埴輪窯18基、工房3棟、工人集落が発掘された日本最大級の埴輪製作遺跡です。操業年代は5世紀中頃から6世紀中頃までの約100年間。ここで焼かれた埴輪は、太田茶臼山古墳(現継体天皇陵)や、真の継体大王墓といわれている史跡今城塚古墳などに運ばれ、樹立されたことが分かっています。
発掘された埴輪窯や工房を復元し「5世紀のハニワ村」をイメージして整備された史跡公園、それがハニワ工場公園です。池沿いのプロムナードには復元ハニワとマンガ陶板が並び、古墳時代の埴輪づくりを紹介しています。発掘された窯をそのまま展示するハニワ工場館では、発掘当時の映像も見られます。楽しく学べる緑豊かな歴史空間です。 -
青龍三年の丘 安満宮山古墳
大阪平野と淀川を一望する安満山の中腹にある、邪馬台国の時代の小古墳です。倭国女王・卑弥呼が使節を派遣した中国の史料にある「銅鏡百枚」に関わる魏の年号「青龍三年(西暦235年)」の銘をもつ方格規矩鏡や三角縁神獣鏡など、5面の銅鏡と多数のガラス小玉、鉄製の武器・工具が出土しました。弥生時代の大集落、安満のムラのリ-ダーが葬られたと考えられています。
現在、古墳は復元整備され、発掘当時の鏡や玉の出土状態が再現された墓坑レプリカをガラス越しに見ることができます。
雄大な眺望のなかで、それぞれに特徴ある復元鏡に触れれば、海を渡ってもたらされた銅鏡にこめられた古代人の息吹さえも聞こえてきそうです。