学芸員レポート「大阪再発見バスツアー」

●聖徳太子ゆかりの地をめぐる 【レポーター:おしとかわゆさん】


野中寺塔礎石

 今回の大阪検定受験者のための大阪再発見バスツアー「聖徳太子ゆかりの地をめぐる」は、正に募集パンフレットの記載のとおり『南河内は魅力がいっぱい』でした。 古代、難波から見て奈良の飛鳥を「遠つ飛鳥」と呼んだのに対して、南河内は、「近つ飛鳥」と呼ばれ、「難波の津」と「遠つ飛鳥」を結ぶ、わが国初の官道(国道)「竹内街道」が東西に貫いており、道筋には、天皇や皇族の古墳が沢山あり、「王陵の谷」とも呼ばれています。
まず、最初に訪れた「野中寺(やちゅうじ)」では、ボランティアガイドの方による境内の説明がありました。境内には、中門跡、金堂跡、塔跡、講堂跡、回廊跡などの土壇や礎石の列が残っており、東に金堂、西に塔を配置する法隆寺式の伽藍配置の跡を留めていました。また、何故か、お染・久松のお墓もありました。

 

 続いて、ご住職の案内で国の重要文化財に指定されている「銅造弥勒菩薩半跏思惟(はんかしい)像」を特別に拝観することができました。方丈に入ってすぐ最初の間に、お厨子に入った弥勒菩薩がいらっしてビックリしました。もっと、かしこまって展示されていると思っていました。それだけに、間近に拝観した菩薩は、小ぶりでしたが、緻密に作り込まれており感銘を受けました。小首を傾げて何を思索されているのだろうと想像を廻らしました。
「菩薩様 長考千年 肩の凝り」

 

 次に訪れた「叡福寺(えいふくじ)」は、八尾市の大聖勝軍寺(たいせいしょうぐんじ・下の太子)、先程訪問した野中寺(中の太子)とともに「河内三太子」の一つに数えられ、「上の太子」と称されるお寺で、聖徳太子ゆかりの四天王寺と法隆寺の丁度中間地点に当たります。聖徳太子が生前、この地を墓と定め、太子の死後に推古天皇が太子の墓を守るために坊舎を営んだことに始まると伝えられ、神亀元年(724年)に聖武天皇の勅願によって広大な伽藍が整えられました。

ここでも、ボランティアガイドの方による境内の説明がありました。寺は、織田信長の兵火で灰燼に帰し、その後、建てられた聖霊殿(しょうりょうでん・聖徳太子を祀る・豊臣秀頼が寄進し正面階段と廊下の欄干にある擬宝珠には、秀頼の名がはっきりと刻んでありました)と多宝塔が国の重要文化財に指定されています。

この後、聖霊殿と宝物館をご住職の案内で拝観、聖霊殿では、後鳥羽天皇より賜った「聖徳太子十六才像」、ボランティアガイドさんも初めて見るという「聖徳太子絵伝(えでん)屏風」を、宝物殿では、数々の太子伝説にからむ伝来品を拝観し、いにしえから日本人に代々受け継がれてきた、“聖徳太子その人”がそこにおわしました。

最近の歴史教科書では、厩戸皇子(うまやどのみこ・聖徳太子の生前の名)ご自身が実在した事は認めるものの、記紀の伝える聖徳太像を後の時代の脚色とし、聖徳太子の名前が教科書から無くなったのは寂しい限りです。 太子にお参りし、善男善女になったはずなのに、聖霊殿を出た所で、お天気は狐の嫁入りとなっていました。
「天気雨 信太の森は あっちだよ」


叡福寺聖霊殿擬宝珠


叡福寺多宝塔
 

 引き続き、寺の北側にある聖徳太子御廟を拝観、この廟は、推古29年(621年)に太子のお母さま(穴穂部間人皇后・あなほべのはしひとこうごう)が死去し、この墓に葬られ、翌年には、太子とその妃(膳部大郎女・かしわべのおおいらつめ)が相次いでお亡くなりになり、同じ墓に葬られ、「三骨一廟」と呼ばれています。うっそうと生い茂る常緑樹の廟の中にお三方の霊が大切に守られてきたと思うと、厳かな気持ちになりました。しかし、何故このように、引き続いてお亡くなりになったのか、謎めくばかりです。
「上之宮 廟の中でも 嫁姑」


聖徳太子御廟
 

 続いて伺った、大阪府立近つ飛鳥風土記の丘にある古墳時代から飛鳥時代を主体とした大阪府立「近つ飛鳥博物館」(設計:安藤忠雄)には、埴輪、土器、古代の甲冑、縮尺150分の1の仁徳天皇陵などが展示されており、とても1時間やそこらでは回りきれない規模でしたが、このバスツアーに最初から添乗され、途中、街道の所々を案内していただいた当博物館の学芸課長・市本さんによる要所々々の解説が有り助かりました。また、ここには、三骨一廟の聖徳太子御廟を再現した復元模型があり、麻布を黒漆で貼り合わせて作られた太子と妃の実物大の夾紵棺(きょうちょかん)が2つ置かれていました。何故か太子のお母さまの棺はありませんでした。
館内を一回りした頃には、幸い雨もあがり、博物館の周りに散在する横穴式古墳を実際に見学することもできました。
「消火栓 埴輪に見える 博物館」


大阪府立近つ飛鳥博物館
での説明
 

 最後に訪れた「道の駅しらとりの郷・羽曳野」には地元農産物を販売するJA大阪南農産物直売所があり「なにわ伝統野菜」などを勉強しながらお買い物を楽しみました。
「地場が売り 何故かジュースは 青森産」


博物館消火栓
 
 南河内の豊かな自然、悠久の歴史、美味しい食材、いずれを採っても、『なにわなんでも大阪検定』に出そうな処ばっかりでした。このツアーでお世話になった博物館の学芸課長・市本さん、野中寺でのボランティアガイドの橋本さんと大矢さん、叡福寺でのボランティアガイドの高上さん、貴重な寺宝を拝見させていただいた野中寺ご住職・野口様と叡福寺ご住職・近藤様、運転手さん、大商、府庁の皆さん、本当にありがとうございました。バスツアーの思い出に、いつも趣味で写真を加工して作っている「立体絵はがき」で今回は、叡福寺の多宝塔を作成しました。
立体絵はがき完成イメージ
 
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